あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

認知症を防ぐために


朝日新聞 12月8日 20面

【 心理学者・多湖輝さんの著書の中に「キョウヨウ」と「キョウイク」という言葉があります。

「教養」と「教育」ではなく、「今日、用」と「今日、行く」。高齢者にとって、「今日、用がある」「今日、行くところがある」ことが大切だというものです。】



毎日、田んぼに行く用がある!

時間つぶしではない。

アルバイトというほどの収入ではない。



自分からの逃避でも、持て余す時間からの逃避でもない。


そこに田んぼがあるから、そこに山があるからという理由でもない。


その田んぼが、いつの時代から我が家の名義になったのか知らない。

それは遠い昔のことではなく100年内のことである。我が家は父の祖父が分家してできた家だから。



30代の半ば頃、突然、農業がひらめいた時、里山に囲まれたこの田んぼがすぐにイメージできた。

田んぼは他にも、方々に点在しているが、点在した田んぼでの農業は意識にあがらなかった。

つまり、突然、農業がひらめく前までは、この一帯の田んぼ(猫の額ほどの14枚の田んぼ)が「転身のための最大の宝物」とは、全く気付かなかった。




したくて農業を始めたのではなかった・・・

でもこれは「天職」と、あとあとになって気づいた。

苦手で不得意な作業が多く、今も同じ状態が続いているが・・・

多くの人の支えがあったので続けれた。

本人の努力など、ほんとうに、しれている。




今日も、田んぼへ「行く」「用」がある

自分からの逃避ではなく

持て余す時間からの逃避でもない

自分自身を表現するため




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クイーン&BTS (6)

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飛騨の山猿 マーベリック新聞

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長島愛生園  島田等(しまだひとし)さん(3)


無花果

 ”ハルメ

駄目じゃないか

他所よそ
無花果いちじく
を 黙って採っちゃ”


”無花果くらい なんじゃ

日本は朝鮮を盗ったじゃないか”












九月十日
━━妹死す

日を越えて

仲秋の月は西空にあった


どんなよい処を見付けて

おまえは先に逝くのか


波音の消えた海に

すず虫の音がひびく


おまえだけがふるさとだった

涙ぐむたびにおまえの姿は遠ざかる


花となって帰るなかれ










『諸国の天女』


おまえは一度だって自分を天女だと思ったことはなかったろう

そんな人々こそ天女だとうたったのは

永瀬清子だった


永瀬清子が『諸国の天女』を書いたとき

世はまっしぐらに戦争に進んでいた

天女たちは従順で、よく働いたが

ちょっぴり本音をかくした


井戸水が水道になり

盥が洗濯機になっても

天女たちに 苦労と心配は絶えない

おまえは 天女にしては愚痴をこぼさなかったが

ときどき すまないといった


国々には 秋がたち戻り

高くなった空に 羽衣のような雲が流れる

次の代の天女をそだて

この世の絆を離れていく彼女たちを

天は待っている


(注)永瀬清子『諸国の天女』1940年刊  






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折々のことば 志樹逸馬詩集


今日の「折々のことば」(2020年6月28日)は、らい詩人の志樹逸馬さんだった。

志樹逸馬さんの詩といえば、ぼくは断然これ!


癩者


誰が 俺に怪異の面を烙印したのだ

碧天の風を吸って 腐臭を吐き

黄金の実を喰って

膿汁の足跡を踏む



よろめき まろび

指を失った掌にも

土塊は砕け

何故 花は開くか



捨てられた水を呑んで生き

そそがれる光に

描くは 紫の浮腫 斑紋



己を憎み

人を恋い

闇の彼方に

天を憧れる 無性の渇き



ああ 非情の石よ

己が掌を微塵に砕け

悪魔よ ほくそえめ



除けものにされれば されるほど

自らを知る性



俺は 誰に

生きる表情を向けたらいいのだ



瀬戸内市 長島愛生園「島の四季 志樹逸馬詩集」
1959年 42歳で生涯を終える





(折々のことば 鷲田清一 6月28日)

かなしみの病床でも
よろこびの花畑でも
こぼれ落ちたところがふるさと
志樹逸馬

13歳でハンセン病を発症。以後30年間「園」で生きるほかなかった志樹は、多くの詩編を遺した。

その一つにこう記す。指が曲がって水がこぼれても、いのちの水はこの手になみなみと注ぐ。誰に顧みられなくとも、そこを拠点に「前に歩くこと / 交替でなく / 比較でなく / 訣別でなく」と。

若松英輔編『新編 志樹逸馬詩集』から。





今日の毎日新聞の27面に「トキワ荘」復元 漫画家たちの夢ここに と題して、「手塚治虫さんら多くの漫画家が暮らし、1982年に解体された東京都豊島区の「トキワ荘」を復元した「トキワ荘マンガミュージアム」が27日、7月7日の一般公開を前に報道陣に披露された。・・・」ことが書かれていた。


このトキワ荘のように、戦前~戦後のある期間、各療園では「歌会」や「詩会」が定期的に開かれ、「生きる支え」となり「切磋琢磨」する「楽しみの時間」となっていた。


一般社会で、歌会や詩会が開かれる場所が近くにあるという状況は考えられず、当時の療園だけではなかったか。


歌会や詩会は「トキワ荘」の漫画家のように、他人の作品を見たり読んだり聞いたりすることで、自分のレベルも飛躍させた。


ハンセン病文学は「病者の文学」ではなく「日本文学の一角」にある。


病者の文学と意識したことはない。共感したり、感動したり、癒される文学と思う。


小説、随筆、評論・評伝、詩、短歌、俳句・川柳、児童作品と、あらゆるジャンルにわたっている。


ぼくはこの中の0.1~0.2%を知っているだけである。膨大な作品が各療養所に埋もれている。


次の世代の誰かが、この文学に興味や関心を持ち、新たに編集や、埋もれた作品を世に問うてくれることを願う。
 


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在69才、農業歴33年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp
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